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6話-1 特別な場所。

last update Last Updated: 2025-04-08 20:00:00

「あ、あの、ご主人さま、男性のアクセサリーのお店に寄りたいのですが?」

勇気を出して聞いてみたものの、

自分の要望などエルバートが聞き届けることはきっとない。

「どうしてだ? まあ、良い」

思っていたことと反対の返しに、フェリシアは驚く。

「えっ、よろしいのですか?」

「あぁ、帝都に来た際にいつも立ち寄る店でも良いか?」

「は、はいっ、ありがとうございます」

お礼を言い、エルバートに付いていくと、

やがて男性物のアクセサリーのお店に辿り着き、

一緒に中に入る。

「これはこれはエルバード様、お久しゅうございます」

店の優しそうな主人が声を掛けて来た。

「あぁ、久しいな。見せてもらってもいいか?」

「どうぞどうぞ。ゆっくりご覧下さいませ」

「あ、あのっ、エルバード様に似合うオススメのお品は何かないでしょうか?」

口を開き、そう勢いよく主人に尋ねたフェリシアは、ハッと我に返る。

――しまった。つい聞いてしまった。

「そうですねぇ、あ、これはいかがでしょう?」

主人がチェーン付きの勲章のようなブローチを差し出す。

(あ、かっこいいブローチ……ご主人さまに似合いそう)

けれど、自分はいつ婚約を破棄されてもおかしくない身。

そんな自分からお返しのプレゼントをされてもエルバートはきっと喜ばないし、おこがましいに決まっている。

でも、何もせずにはもういられない。

「そのブローチ、買わせてください」

「お前、何を……払えないだろう?」

「だ、大丈夫です。お給金を持って来ておりますので」

フェリシアはお給金を主人に差し出してブローチを買い、ブローチを主人から受け取る。

「あ、あの、付けても……?」

「あ、あぁ」

胸をドキドキさせながらも、ブローチをエルバートの貴族服に付ける。

すると、エルバートはふいっと顔を背けた。

「ご、ご主人さま?」

フェリシアの顔が暗くなる。

(やっぱり、ご迷惑だったかしら……)

* * *

その後、エルバートはフェリシアを連れて外に出る。

まさか、フェリシアにブローチをプレゼントされ、付けてもらうことになるとは。

つい、照れ隠しで顔を背けてしまった。

フェリシアの左腕にブレスレットを付けた時さえ、

彼女の微笑んだ顔は見られなかったものの、

今までで一番嬉しそうな表情をし、思わず、自分も頬が緩みそうになったのだが、なんとか堪えたというのに。

彼女に照れた顔を見られずに済んで良かったが、

(軍師長の座に付く私が、ブローチを付けてもらっただけで表情を変えてしまうとは、全く不甲斐無い)

きっと彼女は自分がブローチをよく思わなかったと思ったことだろう。

早く弁解したいが、今はそれどころではないようだ。

エルバートの目つきが一瞬、鋭くなる。

帝都を訪れてからずっと魔の気配を感じる。

魔に監視されている――――。

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    * * *それからこの日を境にフェリシアは落ち着くまでブラン公爵邸に帰宅させることは出来ないと、祓いの力を持つ医務室の天才医師に診断され、しばらくの間、医務室で治療を受けることとなった。その為、エルバートとディアムも宮殿で寝泊まりすることになり、エルバートからリリーシャ達にその皆を伝えるように命じられたディアムは一旦馬で帰り、自分のせいで、ふたりに多大な迷惑を掛けることになった。早く思い出さなければ。そう思ったフェリシアは医務室に戻って来たディアムに密かに頼み、エルバートが執務で忙しい時に、アベル、カイ、シルヴィオに医務室まで来てもらい、エルバートのことを聞いた。「軍師長の様子なら、執務に集中出来ていない感じですね。着替えもせず、髪もくくったまま、フェリシア様のことばっか考えてますね」「カイ、そんなふうに言ったらフェリシア様が気にするだろう?」「フェリシア様、申し訳ない。でもまあ、フェリシア様が初めてだな、エルバートに色々な顔をさせるのは」アベルに続いて、シルヴィオも口を開く。「冷酷な鬼神だったのに今は惚気ているな」「誰が冷酷な鬼神だ」エルバートがそう言って医務室に入ってくる。「おかしいと思って来てみれば、さっさと出て行け!」エルバートに命じられ、アベル達はフェリシアに会釈をして医務室から出ていった。その後は毎日少しずつディアムからエルバートのことを聞いた。エルバートがフェリシアの家にご婚約の手紙を届けたことからブラン公爵邸で暮らすことになったこと、普段は月のように美しい銀の長髪を流したままなこと、ビーフシチューがお好きなこと、ご主人さまと呼んでいたこと等、これまでの日々のことを。けれど、思い出すことが出来ず、エルバートのことを朝も昼も夜もずっと考え続け、いつしか、8日目の夜になっていた。宮殿のお料理は病人食とは言え、どれも自分には高級で美味しい。けれど早く帰り、自分

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   16話-1 もう一度、あの咲く花を見れたなら。

    * * *――――フェリシアをエルバートとの婚約の意を含めた“正式な花嫁候補”とする。医務室にいるフェリシアの心にルークス皇帝のお言葉が響く。まるで呼びかけられているよう。頭に包帯を巻いたまま、ベットから上半身を起き上がらせ、その身をディアムに支えられながらも、その声に触れるように、そっと自分の胸に両手を重ねる。するとなぜだか分からないけれど、自然と涙が溢れ出た。フェリシアはそのまま、ルークス皇帝のお言葉を聞き届けた。* * *客間でルークス皇帝のお言葉を聞き届けたエルバートは唖然と立ち尽くす。まさか、軍師長の座だけでなく、フェリシアをも守って頂けるとは。エルバートの父と母、そしてアマリリス嬢は絶句し、光がすぅっと消えると、ルークス皇帝の側近は手紙を懐に入れ、口を開く。「ルークス皇帝のお言葉は以上となります」「ならば、帰る」エルバートの父がそう言い、ソファーから立ち上がる。それを見た母とアマリリス嬢も続けて無言で立ち上がった。「では、私が宮殿の出入り口までお送り致します」ルークス皇帝の側近がそう言って扉を開け、エルバートの父と母はエルバートがこの場に存在していないかのような態度で客間から出ていき、アマリリス嬢もふたりに続いて出て行こうとする。しかし、立ち止まり、エルバートを見つめた。「エルバート様、お幸せに」アマリリス嬢は涙を浮かべながら笑顔を見せ、お辞儀をして客間から出て行く。これで、フェリシアはブラン公爵邸から出て行かずとも済むのだな。「ルークス皇帝、恩に切る」エルバートはそう感謝し、顔を右手で覆う。そのまま少し時が過ぎると、フェリシアがいる医務室へと向かった。* * *フェリシアはディアムに心配されながらも医務室のベットで起き上がったままでいた。すると医務室の扉が開かれる音が

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   15話-3 触れさせない。

    「フェリシア様が記憶を喪失してしまわれるだなんて……」アマリリス嬢が動揺した声を上げると、エルバートの父は右手で顔を覆う。「ルークス皇帝までも上回る魔の出現だと?」「そしてルークス皇帝を危険に晒したとなれば軍師長の座を降ろされるのは間逃れないか」「旦那様……」エルバートの母が声をかけ、エルバートはアマリリス嬢を見る。「よって、フェリシアの記憶喪失、そして一時とはいえ、ルークス皇帝を危ない目に合わせてしまった私はまだ未熟である為、アマリリス嬢とのご婚約は破棄させて頂きたく思います」アマリリス嬢が両目を見開くと、エルバートの母が怒りの声を上げる。「ご婚約を破棄するですって!? エルバート、どれだけブラン家に泥を塗るおつもりなの!?」「そもそも、本日の魔の出現はフェリシアさんが原因ではなくて?」「ブラン伯爵邸の付近に魔が出現したのだって、フェリシアさんが訪れた日だったもの。間違いないわ」「だからこれ以上、フェリシアさんとエルバートが関わることを私は決して認めなくてよ」「それに、貴方のことを忘れたのなら丁度良いじゃない。あんな不吉なお人など責任を全て負わせ、今すぐお捨てなさい」「そして、エルバートには旦那様がお決めになられた通り、2日後、アマリリス嬢をブラン公爵邸に住まわせ」「アマリリス嬢と正式にご婚約して頂くわ」エルバートの母がそう啖呵(たんか)を切った。「どこまでフェリシアを愚弄すれば気が済む」エルバートはとてつもない冷ややかな殺気を放つ。まさに、その時だった。失礼致します、と皇帝の側近が扉を開け、中に入って来た。「ルークス皇帝により直々にお言葉を頂戴致しましたので伝達に参りました」「このお言葉は皇帝専用の医務室におられるフェリシア様、ディアム様にも伝わるようになっております」ルークス皇帝がお言葉を?

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